フランス近現代思想研究会

研究会記録用HP。慶應三田キャンパスを拠点に週一回の読書会を始め、学会プレ発表、翻訳のチェックなどを行っています。

【書評】Hubert L. Dreyfus, « Merleau-Ponty and Recent Cognitive Science »

Hubert L. Dreyfus, « Merleau-Ponty and Recent Cognitive Science », in The Cambridge Companion to Merleau-Ponty (ed. Taylor Carman and Mark B. N. Hansen), Cambridge, Cambridge University Press, 2005.  

 

 メルロ=ポンティの現象学的知見に棹差しつつ、今日の認知科学における二つの潮流、すなわち、内面的な心理学的法則に依拠する主知主義的立場(「認知主義」)と、記憶の蓄積に依拠する経験主義的立場(「事例に基づく学習」説)を共に批判し、第三の立場として、脳の数学的モデルに依拠するニューラルネットワーク論が擁護されている。メルロ=ポンティによれば、有機体の行動と知覚的世界は、内面的表象や外面的因果性を経由することなく、主体(「生ける身体」)と環境との相互的円環的関係(「志向弓」)によって直接的に結ばれている。著者に従えば、今日のニューラルネットワーク論もまた、表象作用や因果性に訴えることなく、世界に対する最適な位置取りを決定し、世界の中で持続的に自らを作り変えていく主体の姿を描くことに成功している。また著者の論点は、脳の働きについての積極的なモデルを提示することで、メルロ=ポンティの身体論をさらに展開させていく可能性を秘めていると言えるだろう。(T. K.)